女神の虜。
                       氷高 颯矢

小さい頃から、夜が怖かった。
暗闇に怯える子供、それは、珍しい事ではなかったけど…。
僕には、それは違うものに見えていたから。
決して、相容れない敵意を持った存在――魔物。
彼らは執拗に僕を闇に誘い込もうとする。だから、僕は…。

この世界で、数年に一度、開かれるというお祭り騒ぎの中心に、何故か僕は居た。
「今回の冒険は――」
主催者から派遣された運営委員であるレットルードがルール説明を行う。
上の空で話を聞く僕は、最初の冒険で大きく出遅れてしまった。だけど、収穫はあった。
主催者側と繋がりのある参加者に当たったからだ。
彼女を冒険のパートナーに選んだのは同じ聖職者だからという単純な理由だったけど…。
「アルフェン、貴方の過去、知ってるわ」
「それは…どういう…?」
翡翠色の美しい翼を持つ彼女は好奇心の強そうな瞳を輝かせた。
「貴方、神聖騎士団のガイドをしているらしいわね?」
「ああ、その事ですか…」
「貴方の追いかけてるモノ、掴めるかもしれないわ…」
彼女は聖書の間から一通の書簡を取り出した。
「これ、見覚えあるでしょ?」
「それは…教皇・サウラス様の…!」
「私、これには仕事で参加してるの。だから、知ってるのよ…この大会がどういう意味を持つのか、どういう流れになるのか…」
彼女の国、クレストはこの世界唯一の浮遊大陸にあり、最古の歴史を持つ国家…その為、全能神の守護を受ける。
全ての信仰の頂点にある教皇もこの地に置かれた。
「教皇様の命令で動いているなら、俺は君に従うべきなのかな?」
「要らない。余計な事はしなくて良い。邪魔。
 それより、貴方は自分の願いを叶えれば良い。
 それが大きな意味を持つようになるわ。
 貴方の国は、貴方の故郷に舞台を設定したようよ?頑張りなさい。
 折角のチャンスは活かさなきゃ!」
「サウザールを追え…と?」
「違う。消せ、よ…」

次に訪れた国は竜族の国だった。都会的で、騒がしく、苦手だと感じた。
だけど、この国だからこそ手に入れやすい物もある。
「お客様、こちらがお求めの商品になりますが…」
「ありがとう…」
「あの、こちら…失礼ですがお客様には扱えない代物かと…」
 受け取ってみて、その重さに驚く。
「純度の高いものを…との事でしたから、これだけの重さになるのです。
 持つ事が出来ても、振るえなければ意味がないのでは?」
「いえ、必要なんです、どうしても!でも…そうだな、これ、郵送出来ますか?
住所は…」
店を後にする。準備するものはこれで揃った。後は、時間…それと、協力者だ。
誰に話をするかは決めてある。
この大会は男女のペアでの行動が必須…ならば、相手は限られていた。
ミヤビ=タチバナ。彼女は僕と正反対にあるような女性。
闘いを本分とする竜族の騎士…。

次の土地に移る前に、彼女の承諾が得たい。
その思いから、冒険の終わったばかりの彼女を訪ねた。その扉をノックする。
「はい?どなたですか?」
「あの…俺、アルフェン=リードと言います。
 次の、エリーヌでの冒険…俺と組んではもらえないでしょうか?」
彼女は驚いていた。
不審に決まってる!
初対面もいい所の僕に、こんな事を頼まれるなんて思いもしなかっただろう…。
断られたら…諦めるしかない。
「――私でよろしければ…」
その言葉に驚く。断られた後の事ばかりを考えていたから、言葉が…気の利いた言葉が出てこない。
「あ…ありがとうございます!」
「あの、ただ…これは同じ国のラキオさんとも相談してみない事には…」
「はい。それは…わかってます。よろしくお願いします!」
頭を下げる。恥ずかしいけど、正直、ホッとして泣きたくなるような気持ちだった。
女性と話すのは苦手だった。
上手く話せているとは思えなかったし、その自信がなかったから…。
彼女にしても、竜族という事で、もっと怖い女性を想像していた。
見た目の印象は、凛々しくて、騎士そのものだったから。
…なのに、実際に接した彼女は、誠実で、優しい…
クレアの放つ柔らかな光のように温かかった。

エリーヌの北西、アレイシァ…僕の故郷。
「今回の冒険は、ここから少し離れた場所にある森の中の教会。
 そこに肝試しに行ってもらう。ここには、吸血鬼が出るらしいから、
 出たら、ついでに退治してくるように!以上!」
レットルードによる恒例のいい加減な説明を受け、参加者達はパートナーを選び始めた。
アルフェンはその中にミヤビの姿を見つけると、ホッとしたような表情になって、その場を後にした。
向かった先は、実家。
「…ただいま」
村には誰も住んでいない。ただ、一人を除いては――。
「アルフェン?」
「お久し振りです。ライル…」
ライル=フォーティア…亡くなった姉・マリエの婚約者だった人。
姉の死後、この村に残ったのは彼だけだった。
「もうすぐ、十年になる。もうすぐ、マリエの命を奪ったあの吸血鬼が現れる時期だ」
「ええ。この間、僕が送った剣は届きましたか?」
「あぁ。そこにある。ずいぶん質の良い物を選んだんだな、私でもなかなか振るえない代物だ」
ライルは剣を振るうフリをする。
「あれは…ある人に使ってもらおうと思って用意したんだ。
 本当は、僕に出来れば良いんだけど…」
自分で言っておきながら、情けなくなる。
非力な自分、今までは気にした事がなかった。
僧侶としても、魔術師としても、自分は相応しい人間だった。
物理的な力を、必要とした事がなかったから…
「ライル…僕が必ず姉さんの仇を取る!だから、貴方はここから離れた方が良い…」
「アルフェン、私は…」
「この護符を…きっと、これが貴方を護る…僕のお願い、聞いて下さいね?」
アルフェンは両手で剣を抱えて出ていく。ライルを振り返らなかった。
彼に、自分の決意を見て欲しかった。
そして、過去を忘れて生きて欲しかったから…

大会の方で用意された宿舎に戻った。その足で、ミヤビを訪ねた。
「すみません…」
「はい?…アルフェンさん?」
「あの、少し…話したい事があるんです。良いですか?」
「どうぞ」
あっさり部屋に招き入れられて、却ってアルフェンは緊張した。
冒険をするパートナーとはいえ、こんな夜分に男女が…。
想像して、アルフェンは神に懺悔した。
(何を僕は意識しているんだ?これは冒険に関する相談!
 第一、僕は神に仕える身…)
顔が紅潮する。
異性との接触のない環境にあったせいか、小さな刺激で揺れてしまう。
「アルフェンさん?」
「あ、その…今回、俺は冒険はどうでもいいというか…他に大きな目的があって、
 それで貴方をお誘いしたんです。いいえ、利用しようとしている…が、
 正しいのかもしれません。吸血鬼・サウザール…
 俺の、姉を殺した憎むべき存在…」
「アルフェンさんのお姉様を…」
「サウザールは、十年に一度目覚める…今年はちょうどその年なのです。
 私的な事に巻き込んでしまって申し訳ない気持ちはあります…
 でも、俺はサウザールを討ちたい!」
部屋に声が反響する。自分でも驚いて、焦る。
「私、力になりますわ。一緒にお姉様の仇を討ちましょう!」
ひるむ事無く、むしろ励ますような彼女の言葉に、心がジーンと熱くなる。
嬉しくて、張り詰めていた気持ちの融ける様子が自分でも分かった。
きっと、ものすごく情けない表情をしていたに違いない。
「あの…これを使って下さい。吸血鬼には、銀の武器が有効です。
 俺には過ぎた代物だけど…貴方なら使いこなせるはず…」
ずるずると袋ごと引き摺って渡す。
彼女は袋から剣を取り出すと、鞘から抜いていとも簡単に振るって見せた。
「――すごい!これなら、きっと勝てる…」
「頑張りましょう!」

肝試し――それは、教会の中で二晩を過ごすこと。
その間、外に出る事は出来ない。
順番はくじ引きで決まった。
最初にアレクサンダーとエイシャが向かった。アルフェンとミヤビは2番目だった。
教会に向かうエイシャがアルフェンの方をチラリと見ると、パチンとウィンクをした。
アルフェンはエイシャが本気でサウザールを討つ気がないのが判った。
彼女は言っていた。
『貴方は自分の願いを叶えれば良い。それが大きな意味を持つようになるわ』
これは、自分に与えられた試練なのだ。アルフェンは確信した。

アレクサンダーとエイシャが帰ってきた。
アレクサンダーは少し不満げな表情をしていた。
それが、サウザールと出会っていない証拠だった。
「では、私達も行きましょうか?」
「はい。参りましょう」
教会の中は薄暗かった。燭台に炎が点っている。
「サウザール現れるのは2階の祈念所にある祭壇の前です。
 とにかく、まずは2階へ…」
空気が生暖かい。梅雨時の湿気の所為などではない。これは、瘴気。
普通の人間には判らない程の薄い濃度のものだ。
それでも、僕にとっては十分感じられる。
「全体的に、魔物の気配を感じます。とても教会とは思えない…」い
「アルフェンさん、顔色が…」
「大丈夫です…慣れてますから…」
2階への階段を昇って、大きなフロアに出た。
「あの飾り棚…何かあるかもしれません」
棚の中を漁ると、種のようなものが出てきた。
「何でしょうか?これ…」
「これ…これは、確か…」
聖書の中で見た気がする。クレアの母女神、アイアスの司る豊穣の源…
「これは『豊穣の種』です。これを飲むと、生命力の底上げが可能になるはず…」
「じゃあ、半分こしましょう」
彼女は種を取ると自分は2つ、僕に3つと分けた。
「ミヤビさんが見つけられたのですから、俺は少なくて構わないのに…」
「私、体力には自信ありますから!」
竜族の寿命は人間の約2倍といわれている。
だけど、僕は男なのに…情けない。
「何だか、身体が温かくなった気がします」
種を飲むと、そこから熱が発せられる。身体全体に溶けて、力に変わるのだ。
2階には部屋が3つあるようだ。
しかし、両側の部屋の扉は何故か破られていた。
「真ん中がおそらく祈念所のはず…」
部屋に入ると、柱の間、中央の部分に大きな穴が開いていた。
「これは…」
「罠でしょうか?」
落とし穴なら何かの拍子に崩れる方が効果があるのに…と、ここが、
かつてはそういう罠になっていた事を知らない僕達は思った。
「ここが祭壇…」
窓に薄青い空が映る。もう夜明けが近い。
纏わりつく空気もゆっくり変わっていく。
「ウォルシードを祭っているようですね」
何気なく、タペストリーを捲ると、その下に邪神・イルゼーンの姿…。
「最初から、この教会は教会じゃなかった。そういう事か…」
「悪い神を呼び込んでいたのですか?」
「ええ。きっと、サウザールを引き寄せたのも…」
日が昇ると、部屋の中が露になる。すると、床に黒ずんだ痕があった。
「これは…ずいぶん古いものですけど、血痕?」
「そうです。姉は、ここで結婚前の最後のお祈りをするといって…ここで、死んだ」

日のある内に他の場所も探る事にした。
1階の祭壇も気になったので探ってみると、レバーのようなものがあり、
触れると地下室への入り口が現れた。
「降りてみましょう」
地下は、2層あった。
宝箱が隠してあり、『麗しき水鳥の羽』と『祝福のヴェール』があった。
他の宝箱は空の物と、罠が仕掛けられた物だった。
罠によって負ったダメージは、床に無造作に描かれていた魔法陣の上に立つと
回復した。
しかし、最下層にあった謎の魔法陣の効果は何だったのか?
余りよく解らなかったが、何となくミヤビさんの事が気になった。
彼女の方を見ると、自然に顔が紅くなった。
(綺麗だな…)
顔の造りがどうという事じゃなく、立ち姿や、身に纏う雰囲気。
騎士だからだろうか?背筋がピッと伸びて…
聖書の中で見た、今は失われた女神の姿を見た。
「そろそろ上に戻った方が良いかしら?」
「そ…そうですね。チャンスは今夜限りですから…」

再び祭壇の前に向かう。
昨夜とは、比べられない程の瘴気を帯びて、その場所はあった。
「あの、人影は…」
「サウザール!」
そこに立っていたのは司祭の服を身に纏った男。どこかで見た事があるような…
「私は、この教会の司祭です。人違いをされていませんか?」
「そんな言葉で誤魔化されるとでも?
 俺は、十年前お前が手にかけた女性の弟だ!ずっと、お前を追っていた…
 魔術の道に進まず、聖職を目指したのも、お前をこの手で倒す為だ!」
サウザールはその言葉を聞いてウットリとした。
「道理で…この匂い…あの女と同じ…いや、それ以上かもしれんな!」
「アルフェンさん、危ない!」
サウザールの爪が喉元を狙う。咄嗟に避けるが、頬を爪が掠めた。
ジワリ、と血が滲む。
「ふん…避けたか…うん、思った通り、美味だ」
爪の先に付着した血を舐めとる。
「サウザール、私がお相手しますわ!」
彼女が戦っている…見惚れている場合ではなかった。
「《メディ》!」
回復の呪文を唱える。
吸血鬼はアンデッド――回復魔法は強力な攻撃に変わる!
「くぅっ…!」
「はぁーっ!」
彼女の持つ銀の剣――魔物にとって脅威になる。
銀は神聖武器にも使用される。
神聖化の改造をするまでもなく、アンデッドには同じ効果をもたらす。
「銀の剣か…小賢しいマネを…!」
サウザールはミヤビの攻撃を受けつつも、その瞳はアルフェンのみを捉えていた。
ミヤビの剣はサウザールを追い詰めるが、余裕の表情は変わらなかった。
「私の獲物…逃すものか!」
一瞬の早さで距離を詰められる。
気付いた時には、鼻先の前で薄い笑みを浮かべたサウザールの姿があった。
「お前は私のものだ、アルフェン…」
耳元で囁かれる。瞬間、首筋に鋭い痛みが走り、続いて甘い快感が襲う。
――フラッシュバック!
「と…父、さん…?」
「アルフェンさん!」
サウザールが離れた。
血が奪われた所為か、カクンとその場に膝をつく。
遠くで微笑うサウザールの顔は、写真でしか見た事のない父の姿に良く似ていた…。
「そんな筈…父さんの筈ない!俺の父さんは…」
「二十年…十分な時間だ。私のこの身体…これは、お前の父親のものだ…」
「嘘だ!」
「本当さ…身体は、な…」
サウザールはその隙を見逃さなかった。アルフェン、ミヤビを爪と牙で襲う。
「アルフェン、お前の血は素晴らしいよ!わずかな量でもこの力…
 あのお嬢さんにやられた傷も一瞬で回復したよ!」
「寄るな!《メディ》!」
「魔法カード『光の護封剣』!」
ミヤビはこの闘いを万全に進める為に用意したものがあった。
この世界に存在するトレーディング・カード――魔導王の直弟子といわれる
トリード女王・リチェスの創った本物の魔法が込められたカード。
「くっ!何だ、この光は…!」
「このカードの効果は貴方から行動を奪う!」
ミヤビは更にもう1枚カードを取り出した。
「魔法カード『見えざる手』を発動させますわ!」
ミヤビの剣が閃く!サウザールの力を徐々に奪っていく。
銀色の光が刃の形となって剣と同じ衝撃を与える。
「うぉおおおおっ!私は死なん!何度でも甦り…」
「それは、生き延びた時に仰って下さい!アルフェンさん、留めを!」
「はい!サウザール、食らえ!《メディ》!」
光の剣に貫かれたまま、神聖な光に灼かれ、サウザールは倒れた。
死体は、朝が来れば灰となり、崩れるだろう…。
「やりましたわね!」
「…は。これで…僕は…」
力が抜けた…。ジワリと視界が歪む。
その時、既に薄青い空が窓から柔らかな光を落とし始めていた。
きっと、今の僕はとても情け無いカオをしているに違いない。
それでも、昇り行く朝日の気配に気付いて、顔を上げる。
「良かったですね…アルフェンさん。よく、頑張りましたわ…」
朝日を背に、微笑む彼女は…僕だけを導く女神のように思えた。
さながら、聖書で見た戦の女神・ティアローズのように…。

サウザールを倒した事によって、この冒険での1番の評価と、
サウザールに掛かっていた賞金5万Jを手にする事になった。
しかし、アルフェンはこの賞金を最初から辞退するつもりだった。
「賞金の半分…俺の取り分は、この村の復興資金として寄付させてください!」
「なっ?お前…本当に良いのか?」
「元々、この村は俺の故郷だし…今は離れているけど、
 大切な場所には変わりありませんから…」
そう言うと、隣にミヤビが進み出た。
「私の分も、寄付いたしますわ!」
「えっ?…良いんですか?」
「構いません」
「じゃあ…その、代わりと言っても全然足りませんが、俺が渡したシルバーソード
 …貰っていただけますか?」
すると、彼女は僕の好きな柔らかな笑顔で応えてくれた。
「喜んで…でも、宜しいのですか?こんな高価なものいただいても…」
「いいんです。俺には元々扱えないし…使ってもらえる方が剣も喜びます。
 それに貴方には、感謝してもしきれない恩があります。その気持ちですから…」
(ティアローズのような貴方にこそ、きっと、その剣は相応しいはず…)
口には出さなかったが、その理由だけで剣を譲る事は考えていた。
お礼とは名ばかりで、本当はプレゼントしたかったのだ。
「いつか…貴方にこの気持ちを伝える事が出来るだろうか…?」

『貴方は自分の願いを叶えれば良い。それが大きな意味を持つようになるわ…』

その言葉はきっと正しい。
何故なら僕は運命の人と出会ったのだから…。
暗い闇に怯える僕をその柔らかな笑顔と強さで救ってくれた。
朝日を背に、輝く人――彼女こそ、僕だけを導いてくれる女神だと…。

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